裁判所のカレーはまずかった
506法廷の一番前の傍聴席に座り、床を見つめると爪楊枝が一本落ちていた。
携帯電話の電源を切り忘れたことに気がついて電源を切った。パカンと携帯電話を折りたたむ音が法廷に響くと、書記官から「法廷内で携帯電話をいじらないでください」と言われる。うしろのオヤジはずっとボールペンのノックをガチャガチャと押し続けている。退廷寸前だ。
床を見つめて、埃を巻きつけた爪楊枝を見つめた。傍聴席には6人ばかりの人がいる。
裁判には本当かどうかわからないことが結構ある。
累犯窃盗の被告に対して、裁判長がいう。
「調書によると、あなたは英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ポルトガル語、ギリシャ語、ペルシア語が堪能だということだけど、本当なの?」
丸坊主で体格のよい男が、ためらいながら答える。
「はい。ペルシア語は読む・・・、だけですけど・・・」
「できるっていうのは、ちゃんと話せるってことなの?」
「はい・・・」
「どこで習ったんですか?」
「・・・、友達から」
「これは活かさないの?
「活かす術を知らないので・・・」
かくいう被告は、病身の母親がいて、刑期を努めたら鹿児島に帰り、漁師としてまっとうに生活をしていく予定らしい。
「あとがないので」と被告は言う。
母親が乳がんで、しかも再発らしく、あとがないらしい。
人のいい叔父がいて、漁師の跡継ぎを欲しているらしい。自分は叔父に気に入られている、と男は言った。
いずれも本当かどうかはわからない。診断書を出したり、叔父を証言台に引きずりだしたりするのかもしれない。
けれども、空き巣の裁判ではそこまでやらないだろう。
情状を酌量するには好材料が揃っている。いや、好材料をつくりだしたのか。
検察側も、盗品の還付に積極的な被告の態度を認めているようだった。
鹿児島に帰るのも、漁師になるのも、ただ単純に被告のプランを述べているにすぎない。
そういえば、先週見た裁判でわいせつ図画販売で逮捕された28歳の青年も、
「今後は営業職につきたいので、自動車教習所に通います。パンフレットを集めて、手続きをしようとしています」
と言っていた。 本当か? パンフレットを集めていることを声高に言われても困る。
こういう発言は爪楊枝のようにむなしい。
まるで、親戚のおじさんに久しぶりに会って、「留学しようと思ってます」とか、「会社でうまくやってます」とか適当なことを述べるのと連続しているような気がしてならない。
裁判というのはフィクションみたいである。よくできたストーリーである。
そんでもって、被告の両脇を固める警察官が居眠りをしていたりする。
そんでもって、食堂のカレーは不味かった。
