6月
28
2008
いきなり重罪ですか
裁判員制度なんですが、「朝生」で勉強いたしまして、問題点噴出です。
- 市民が参加するのは、地方裁判の一審。しかも、殺人などの重罪のみ。推進派の意見としては国民の関心をひく大きな事件ほど、市民参加が必要、つまりは「司法の民主化」が大切らしい。痴漢、選挙違反などの軽微な犯罪および行政犯罪、民事裁判については今まで通りの裁判方式。反対派は、逆だろ!という。まずは、軽微な犯罪から市民参加を始めていくべき。司法の民主化に巻き込まれる人の負担が大きすぎるだろ!という。
- やはり、事実認定、つまりは無罪か有罪かまでの判断に参加することは裁判員制度反対派・推進派とも賛成であるが、量刑まで判断させるのは荷が重すぎる。推進派の一部はドイツ・イタリア・フランスの参審制度(裁判員制度に近い)を例にあげているが、いずれの国も死刑制度はない。国会議員である福島みずほまでが、この量刑まで判断させるのは無茶だと言っている。ちなみに、福島みずほ氏は裁判員制度の法案に「賛成」の票を投じている。今さら、どういうこと?つまりは、たった二ヶ月程度の浅い議論で、裁判員法は成立してしまったそうだ。しかも全会一致で。
- 思うに、推進派の多くは法曹界の人間で、確固たるリーガルマインドを持った人間であるから、市民感覚とはずれていると思う。正直なところ、「現状の刑事裁判の手続きはひどすぎるんです」と言われても、よくわからないし、それを変革するため、つまりはえん罪を少なくするためにどうして裁判員制度が採用されなくてはいけないのかがよくわからない。えん罪を撲滅するためには、事実認定だけ、つまりは有罪か無罪かの認定だけを12人の市民が行うアメリカ式の陪審制度でよいのではないだろうか。
- 職業裁判官は憲法で身分が保障されている。いっぽうで、裁判員(市民)は重罪の審判を下しながら、身分の保障もなく、日当を一万円渡されて、守秘義務を背負わされる。傍聴席に誰がいるかわからない。裁判所に三日連続で出入りしていたら、だいたいあいつが裁判員なんだろうな、というのはわかるはずだ。ましてや、地方にいけば、もっと明白にわかるはず。裁判員の身分の保障は十分に担保されない気がする。自分が裁判員席の椅子に座って、傍聴席を見渡して、友人がいたりしたら、判定や質問にも影響されそうだ。そんな「見栄」で裁かれたら、罪人もたまったものじゃない。そんでもって、守秘義務だから、そんな苦悩も表現できない。職業裁判官の回顧録が出たり、テレビのインタビューで「死刑にしたのはまちがいでした」と懺悔する裁判官もいるのに、まったくもって不公平だ。アメリカでは陪審員に対して守秘義務はない。表現の自由に抵触するからだ。
- 推進派の一部には、裁判員裁判によって、日本にもようやく「司法の民主化」が訪れて、欧米の仲間入りを果たせる。そんで、そのあかつきには、常任理事国入りも見えてくるぜいぃ~、というまったくもっていやらしい、スケベな、鹿鳴館時代的な考えがあるそうだ。
- 警察から検察、検察から裁判所へ、という事件がベルトコンベア式に流れていく刑事裁判手続きの仕組みはかなりマンネリ化して、システマティックになりすぎているらしい。つまり、警察さんががんばって調べたのだから、検察としても起訴しないわけにはいかないだろ、そんでもって検事さんが不起訴にしないで起訴した案件だから裁判所でもきっちり有罪にして裁かないとなー、的な流れができあがってしまっているらしい。しかも、自民党丸山議員によると、裁判官が「無罪」判決を出すということは、「出世」に大きく響くそうである。
- そう考えると、刑事事件における上流に位置する裁判所で市民参加が行われても、下流のところが変わるのだろうか?という疑問がある。そこは、数多ある職業の中から、あえて法曹界を選んだ人たちで、プロフェッショナルに変革していってくださいよー。と思う。
まー、なんだかわからなくなってきたけど、量刑判断までさせるのはおかしいと思うし、過去の量刑相場を測る「量刑検索システム」なるものを最高裁は開発しているのであれば、いっそのことEXCELの表計算的に量刑計算しちまえばいいんじゃネエかとも思う。(皮肉だぜぃ)
「しがらみのない素人」を入れることによって、風通しをよくしたいのだとは思うけれども、「後期医療制度」と同様にもう一度審議をし直して欲しいと思う。
